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大阪高等裁判所 平成5年(行コ)15号 判決

控訴人

小林太郎

右法定代理人親権者父

小林哲男

同母

小林みさ子

右訴訟代理人弁護士

吉川正昭

坂本文正

野口勇

被控訴人

神戸市立工業高等専門学校長

村尾正信

右訴訟代理人弁護士

俵正市

重宗次郎

苅野年彦

草野功一

坂口行洋

寺内則雄

小川洋一

主文

(第一五号事件)

原判決を取り消す。

被控訴人が控訴人に対し平成三年三月二五日付で控訴人を第二学年に進級させないこととした処分を取り消す。

(第一六号事件)

原判決を取り消す。

被控訴人が控訴人に対し平成四年三月二三日付で控訴人を第二学年に進級させないこととした処分を取り消す。

被控訴人が控訴人に対し平成四年三月二七日付でした退学命令処分を取り消す。

(訴訟費用)

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

主文同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は、被控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

控訴人は、平成二年四月一〇日、神戸市立工業高等専門学校(以下、「神戸高専」という。)に入学し、電気工学科に在籍していた者であり、被控訴人は、神戸高専の校長である。

2  処分

(一) 被控訴人は、平成三年三月二五日、控訴人に対し、控訴人を第二学年に進級させないとの処分(以下、「本件第一次進級拒否処分」という。)をした。

(二) 被控訴人は、平成四年三月二三日、控訴人に対し、控訴人を第二学年に進級させないとの処分(以下、「本件第二次進級拒否処分」という。)をした。

(三) 被控訴人は、平成四年三月二七日、控訴人に対し、同月三一日をもって神戸高専から退学を命ずるとの処分(以下、「本件退学命令処分」という。)をした。

3  本件各処分の違法性

(一) 神戸高専では、学生の進級認定は、進級認定会議の審議を経て、校長がこれを決定することになっており、この認定基準の一つとして、進級できるのは当該学年において修得すべき科目に不認定のないこととされ、校長は、連続して二回原級に留め置かれた学生に対しては、退学を命ずることができるとされている。

そして、神戸高専では、学業成績は各科目とも一〇〇点満点により評価し、五五点未満の当該科目は不認定とされ、また保健体育科目は、全学年において必修科目とされている。

(二) 控訴人の成績通知表によると、控訴人の最初の第一学年の保健体育科目の成績は四二点であり、本件第一次進級拒否処分により履修した第二回目の第一学年の保健体育科目の成績は四八点であり、いずれも体育科目は不認定とされた。

右最初の第一学年の保健体育科目の配点の三五パーセントに当たる部分を剣道が占めているが、右保健体育科目の成績は、控訴人が剣道実技への参加を拒んだと判断されて、剣道実技の準備運動に参加したことを除いて、剣道の成績評価を零点とされたためであり、第二回目の第一学年の保健体育科目は、前期が剣道と水泳、後期は球技等であって、右前期の配点割合は、剣道が七、水泳が三で、剣道の準備運動への配転は右剣道の配点の一四分の一であったところ、控訴人がやはり剣道実技への参加を拒んだと判断されて、右前期の成績を二六点、後期の成績を七〇点と評価され、平均四八点とされたものである。

(三) 控訴人は、「エホバの証人」であるキリスト教信者であって、聖書の中の教えを基に、あらゆる格闘技は、防御用といわれるものであっても攻撃に用いられることがあり、武力に頼ることは最善の方法ではない、聖書は自衛手段を全て禁止してはいないが、自衛手段を行使するより、事前に十分注意を払って危険な事態に遭遇しないよう配慮することの方が適切であるとの信条を持ち、これは控訴人の信仰の根幹部分をなすものであって、控訴人は、この信教上の理由から、格闘技に当たると考える剣道実技に参加することを拒否したものである。

(四) 控訴人は、このように剣道実技への参加を拒否したが、その準備運動は行い、その後は、武道場で正座して他の学生の剣道実技を見学していたほか、担当教授に対し、再三、不参加の理由を説明し、終始、剣道実技への参加に代わる措置(以下、「代替措置」という。)の履修を申し出あるいはレポートの提出を願い出たが、全く聞き入れられず、自主的にこれを作成して提出しようとしたが、これも受領を拒否された。

(五) 本件各処分は、憲法二〇条、二六条、一四条の各保障規定及び教育基本法三条一項に反する違法なものである。

すなわち、神戸高専は、公立の五年制の工業高等専門学校であって、文部省の告示による学習指導要領はないが、第三学年までは、高等学校指導要領によって運営されており、右指導要領によれば、体育履修の目的は、「各種の運動を合理的に実践し、運動技能を高めるとともに、それらの経験を通して、公正、協力、責任などの態度を育て、強健な心身の発達を促し、生涯を通じて継続的に運動を実践できる能力と態度を育てる」ものであるから、体育学校とは異なる神戸高専において、控訴人に剣道実技への参加を強いる必然性ないし高度の必要性はなかった。そして、神戸高専では、身体上の理由で体育実技のできない学生に対し、見学等の代替措置を認めて評点しているが、控訴人が、前述のように、代替授業の実施を求め、レポートの提出を申し出たのに対し、被控訴人はこれを一顧だにしなかった。控訴人は、神戸高専が剣道を保健体育科目に採用したことを批判しているわけではなく、控訴人の剣道実技への不参加によって、神戸高専の教育秩序を混乱させるものとは考えられないし、現に混乱させてはいない。他方、神戸高専において、控訴人が進級し、卒業を果たすためには、剣道実技を履修しなければならず、これは控訴人の前記信仰の根幹部分に抵触するため、これを受け入れることができないのであるから、控訴人に剣道実技の履修を義務づけることは、控訴人に棄教を迫ることであって、憲法で保障された信教の自由を侵し、平等原則に反するものである。

また、控訴人は、学生として、憲法二六条、教育基本法三条に基づき、神戸高専において教育を受ける権利を有するから、神戸高専は、控訴人の学習権を保障するため、控訴人に対し、信教の自由を含む精神的自由を十分に尊重し、公平で平等な教育上の評価を行って、各学年における学習をさせなければならないところ、自己の信条に反するため、剣道の実技を行えないが、他の学習の機会を求め続ける控訴人に対し、代替授業の履修を一切認めず、欠課扱いをして保健体育科目を欠点と評価し、被控訴人が、控訴人を二度にわたって原級に留め置いたばかりか、控訴人に対し、本件退学命令処分をしたことは、控訴人が神戸高専において教育を受ける権利、学習権を侵すものであるから、信条による教育上の不当な差別を禁じ、教育の機会均等などを謳った教育基本法三条に反する違法なものである。

(六) 本件各処分については、被控訴人の裁量権の逸脱がある。

前述のように、進級認定及び退学の処分は、進級認定会議等の審議を経て、校長である被控訴人の権限とされているが、右各処分をする際の被控訴人の教育裁量の目的は、学校内規等の機械的な適用を正して、学生の精神的自由や学習権を最大限保障するためのものである。ところが、被控訴人は、控訴人が剣道実技に参加しなかったという事実だけをもって、二回の本件各進級拒否処分を行い、平成三年度の成績が単位取得不認定となった保健体育の点数を加えても平均点が九〇点(順位一位)である控訴人が「学力劣等で成業の見込みのない者」に当たらないことは明らかであるにもかかわらず、二回の進級不認定者は退学させるという内規を機械的に適用して、控訴人に対し、本件退学命令処分をしたものであって、被控訴人は、その教育的裁量を大きく逸脱して、本件各処分をしたものである。

4  よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件各処分の取消しを求める。

二  被控訴人の本案前の主張

1  本件各進級拒否処分と司法審査

高等専門学校は、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成することを目的とし、授業科目の単位の認定は、担当教授の評価を基礎として、最終的には校長が行うことになっていて、このような単位の認定は、学生が当該授業科目を履修し、履修効果が相当程度に達したことを確認する教育上の措置であって、当然に、一般市民法秩序と直接の関係を有するものではない。さらに、右単位の認定は、高度の教育的、専門的判断を伴うものであるから、被控訴人が行った本件各進級拒否処分は、司法審査の対象となりえない。

2  本件各進級拒否処分の行政処分性

被控訴人は、控訴人に対し、第一回目の進級ができないことを口頭で告知してはいるが、控訴人が第一回目に進級できなかったのは、体育の単位が認定されなかったことに伴う教育上の措置であって、被控訴人の行政処分は存在しない。また、被控訴人は、平成四年三月二三日、進級認定会議を経て、控訴人を第二学年に進級させない決定(判定)をしているが、神戸高専の学業成績評価及び進級並びに卒業の認定に関する規程(以下、「進級等規程」という。)一五条では、休学による場合のほか、連続して二回原級にとどまることはできないと規定されているから、被控訴人の右進級させない決定は、控訴人に対する本件退学命令処分の前提としての意味しかなく、この決定によって、控訴人の権利義務を直接形成し又はその範囲を確定するものではない。したがって、本件第二次進級拒否処分は行政処分とはいえない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。

2  同2(処分)(一)、(二)の事実は否認し、同(三)の事実は認める。

3  同3(本件各処分の違法性)(一)の事実は認める。

同(二)の事実のうち、体育科目のうち剣道種目への配点が一〇〇点中の三五点であったこと、控訴人の最初の第一学年の体育科目の成績が四二点であり、第二回目の第一学年の体育科目の成績が四八点であって、いずれも体育科目は不認定とされたこと、控訴人が剣道実技の前の準備運動(一〇分間)は行ったが、剣道実技の受講を拒んだことは認める。

同(三)の事実は知らない。

同(四)の事実のうち、控訴人の剣道実技の受講拒否に対して、代替措置及びレポート提出を認めなかったことは認める。

同(五)の事実は争う。

四  本件各処分の適法性

1  教育課程の編成、単位の認定及び進級

(一) 文部省は、かねて「高等専門学校教育課程の標準」(以下、「高専教課標準」という。)を示していたが、文部省大学局長通達「高等専門学校設置基準及び学校教育法施行規則の一部を改正する省令について」(昭和五一年七月二七日文大技第二五五号)では、高等専門学校の教育課程の編成については、各学校の自主性を尊重し、その創意、工夫を十分に活かすこととされ、同時に、教育課程の編成や授業科目の内容を検討する際には、右高専教課標準を参考とすることが適当であろうとされている。

右高専教課標準によれば、体育科目の目標は、(1)自己の体力に応じて自主的に各種の運動練習を適切に行う能力と態度を養い、体力の向上を図るとともに、健全な精神を養う、(2)各種運動についての科学的な理解に基づき合理的な練習方法によって運動技能を高めるとともに、生活における体育の意義についての理解を深め、社会生活を健全かつ豊かにする能力と態度を養う、(3)運動における競争や共同の経験を通じて公正な態度を養い、自己の最善を尽くし、相互に協力する精神を養い社会生活における望ましい行動のしかたを身につけさせることとされ、科目内容として、徒手体操、器械運動、陸上競技、格技(柔道、剣道、弓道、すもう、レスリング)、球技、水泳、スキー・スケート、体育理論が挙げられている。

(二) 神戸高専を所管する神戸市教育委員会は、「神戸市立工業高等専門学校学則」(昭和三八年教育委員会規則一〇号)を制定し、その第四章教育課程等において、保健体育は必修科目とされ、単位数を各学年毎に二単位としている。

(三) 進級等規程によれば、学業成績は一〇〇点法により評価し、五五点未満は不認定とする、当該学年において修得すべき科目に不認定のある者は進級の認定がされない、休学による場合のほか、連続して二回原級にとどまることはできないと規定されており、同校の「退学に関する内規」(以下、「退学内規」という。)では、連続二回原級に留め置かれた者を退学処分の対象者とすると規定されている。

2  剣道の授業

(一) 保健体育の授業科目の編成は、前記のとおり、各学年の単位を二単位とするほかは、神戸高専の自主性に委ねられているところ、神戸高専は体育の授業の一種として剣道を採用したが、剣道は、前述のように高等学校でも必修となっている格技の種目であり、健全なスポーツとして大多数の一般国民に広く受け入れられているものである。

(二) 剣道の授業は、道場の広さと担当の教員の数から、第一学年の前期に履修するクラスと後期に履修するクラスに分けて実施され、授業は五〇分を一単位とし、必要単位は二単位であるから一〇〇分の授業を行い、授業の初めの一〇分間は準備体操を行った。なお前期、後期を通じた体育の授業内容は、大別すると、剣道、水泳、球技その他である。

3  剣道授業の実施の入学前における周知

神戸高専は、昭和六二年ごろから、同校を受験する生徒の在学する中学校の校長、進学担当教員、生徒・保護者に対し、神戸高専では平成二年度から体育科目として剣道の授業を行うことを機会あるごとに説明し、「平成二年度学生募集入学願書類」の入学案内の教育課程の注に「武道館の新設に伴い、格技を体育授業にとり入れる」と記載し、控訴人など平成二年度の合格者に合格発表時に渡した「入学のしおり」の指定教材器具一覧表には「剣道面下」が記載されており、控訴人は、合格者招集日に、保護者と登校して、剣道面下を購入している。また、右合格者招集日には、控訴人にも「学生便覧」が配付され、それには、神戸高専の前期学則や進級等規程が登載されている。さらに、控訴人とその保護者は、入学に際して、在学中は高等専門学校教育の本旨を体し学則その他の諸規則を守ることを誓約している。

このように、控訴人は、神戸高専において剣道の授業があることを承知して受験し、入学を許可され、同人の自由意思で、義務教育ではない神戸高専に入学した者であるから、控訴人は、神戸高専の成績評価方法に基づいて評価、進級が行われることに異議をいえない在学関係が設定されているものである。

4  成績評価と控訴人の履修状況

(一) 進級等規程では、成績の評価は学習成績と試験成績を総合して学期末に行う、学習成績は学習態度、出席状況等を総合して評価する、学年成績の評価は各学期末の成績を総合して行うとされている。保健体育科目の配点一〇〇点のうち、剣道の配点は三五点であった。体育の授業は四人の教員が担当し、その学習成績評価は、担当教員に任されているが、平均点を七〇点前後となるよう統一を図っている。学習成績評価は、実施された全ての種目に一定の点数をとる必要がなく、受講態度も考慮に入れて、全種目の合計点が合格点である五五点以上あればよい総合評価方式を採用している。

したがって、剣道の種目を受講しなくても、他の種目で努力すれば、合格点をとることが可能であり、因みに、平成二年度の一年生の体育の成績をもとに、これらの学生が剣道を受講しなかった場合を想定しても、合格点をとった者は二四三名中五九名(約二五パーセント)あり、剣道を受講しなければ、体育の点数をあげるため、他の種目においてさらに努力すると考えられるから、右合格点取得学生は増えると推定できる。現に、平成三年度の一年生で剣道の受講を拒否した一五人のうち一〇人(約六七パーセント)は、体育科目に合格している。

(二) 控訴人は準備運動には参加するが、担当教員の説得にもかかわらず、頑なに剣道実技の受講をせず、許可なく道場内で実技の見学をした。

そこで、一時限目は出席扱い、二時限目は欠席扱いとし、準備運動はそれ自体独立の意味をもたず、単独に評価すべきものではないが、控訴人に有利に考慮して五点(学年単位では2.5点)と評価した。

5  控訴人への説得と救済措置の実施等及び退学処分の手続

(一) 被控訴人は、平成二年度において、控訴人の保護者など剣道の受講を拒否している学生の保護者に対し、教務主事、学生主事、体育担当教員をして、四回、体育授業としての剣道の意義及びこのままではこれらの学生が留年必至の状況にあることを説明し、特別救済措置として剣道の補講を行うので参加するよう説得をし、受講拒否学生に対しても、授業への参加及び補講への参加を説得し、さらに、進級認定会議で控訴人の体育科目の単位が認定されなかったときも、補講をすることを決定し、合計六回の補講の機会を与えたが、控訴人は、これに全く参加しなかった。

(二) 平成三年度においても、神戸高専の前記関係者とクラス担任は、平成二年度と同様に、控訴人など剣道の受講を拒否する学生とその保護者に対し、剣道の授業に参加するよう説得をし、同年度の第一次進級会議の結果、控訴人など単位不認定者に対し剣道の補講に参加するよう説得をしたが、控訴人は剣道の授業及び補講にも参加しなかった。

(三) そこで、平成四年三月二三日に開かれた平成三年度の第二次進級会議において控訴人の体育の総合評価の点数が四八点であったため、被控訴人は、控訴人の第二学年への進級について不認定の決定をした。同日、神戸高専の表彰懲戒委員会が開かれて、控訴人の退学処分が相当であるとの決議がされ、これが被控訴人に答申され、被控訴人は、同月二七日、控訴人に対し、退学命令書を手渡して、本件退学命令処分をした。

6  剣道の授業と信教の自由

体育としての剣道の授業は、学生の身体面の育成及び社会的態度の育成から見て、優れた教育効果をもったスポーツであり、それゆえに、前記高専教課標準や学習指導要領によって、体育科目の内容として相当なものとして剣道が挙げられているのであって、控訴人が剣道をどのように評価、認識するかは自由であるが、控訴人の剣道に対する評価は、一般社会に通用するものとはいえない。

控訴人が神戸高専において教育を受けるためには、控訴人は、そのルールを守るべきであるから、剣道の受講を拒否してその学業成績を得られないことによる責任は控訴人が負担すべきものである。被控訴人は、控訴人の信教の自由に干渉したことはなく、むしろ、進級できるよう誠意ある説得も試みたのである。

かえって、被控訴人が、控訴人の信教上の理由をもって、剣道の授業について、控訴人を特別に取り扱うことは、公教育を行っている被控訴人が信条によって学生を差別扱いすることになり、憲法一四条、教育基本法九条二項に反し、また、エホバの証人という特定の宗教の信者にだけ剣道実技の受講を免除することは、右宗教に対する援助、助長、促進に当たり、やはり憲法二〇条に反する。さらに、剣道の受講の免除を認めるとすると、被控訴人は、受講拒否の理由について判断しなければならなくなるが、それは公教育の宗教的中立性を損なうものでもある。

7  本件各処分と教育を受ける権利の侵害

神戸高専は、神戸市の設置する学校であるが、義務教育を実施するものではなく、控訴人など神戸高専の学生は、授業を受けず、進級をせず、退学をする自由を有する一方、神戸高専は、学習到達度が不十分と評価した者に対し、単位を認定せず、進級を認めず、学校教育法施行規則三条三項の各号に該当する学生に対し、退学処分をする権限を有しているのであるから、本件処分は、控訴人の教育を受ける権利を侵害するものではない。

8  代替措置

控訴人が剣道の受講を拒否するのに対し代替措置を講じることは、信教上の理由で控訴人を特別に取り扱うことになり、これは憲法の平等原則や宗教教育の禁止の精神に反する。また、この代替措置をとるとしても、そのためには、控訴人の授業拒否の理由が宗教上のものであるか否かを判断することは不可能である。

代替措置をとることになると、その措置について指導、監督を担当する教員を配置しなければならないが、神戸高専の予算、教員数の関係から、そのようなことは不可能であったから、代替措置を講じることは困難であったものであり、また、体育の授業は、体を動かすことによって教育効果をあげる授業であるから、病気でもないのに、レポートの提出をもって体育実技に代えることはできない。

控訴人のように、個人的理由によって受講を拒否し、教員の指導、説得に従わない学生に対し、その授業に代わる措置をとり、単位を認定すると、学生から他の場合にも代替措置の要求を生む結果となり、また学生全体に対する学校の規律が維持できなくなり、集団教育はその効果をあげることが不可能となる。

9  以上のとおりであるから、被控訴人が控訴人を進級させないとした本件各決定(判定)が、仮に行政処分に当たるとしても、本件各進級拒否処分及び退学命令処分は、適法なものであり、また、被控訴人において、その裁量権を逸脱、濫用したものではない。

五  本件各処分の適法性の主張に対する反論

1  入学前における剣道授業の実施の周知

高等専門学校教育は、高等学校と同様、制度的には義務教育ではない。しかし、高校進学率が九五パーセントを超えている現状からは、国民一般の意識では、義務教育と同視されている。そして、高等専門学校及び高等学校では、体育の種目として格技を採用しており、控訴人が神戸高専に入学した当時、信教上の理由から格技の授業を拒否できることが公に認められている高校や高専は、控訴人の通学及び受験可能な範囲にはなかったから、控訴人が後期中等教育を受けようとする限り、その信仰を棄てなければならないのであるから、控訴人が自由意思で神戸高専に入学したことを理由に、格技の授業を拒否できないという被控訴人の論理は、控訴人の信教の自由に対する重大な差別を容認するものである。

さらに、神戸高専は、入学前に、格技が必修になったことを伝えただけで、格技を受講しなかった場合の学校の対応や不利益の程度について控訴人に知らせてはいなかった。そして、これまで神戸高専に在学したエホバの証人の学生のうち進級拒否や退学処分を受けた者がいなかったから、控訴人が体育の一種目である格技を行わないことが原因で本件各処分を受けることを予想できなかったのは当然である。

したがって、義務教育でないこと、控訴人が自由意思で神戸高専に入学したことをもって、本件各処分が適法であるとはいえない。

2  剣道を受講しなかったことと本件各処分との因果関係

体育の配点一〇〇点のうち剣道の配点は三五点であり、控訴人が行った準備体操には2.5点が採点されているから、控訴人が単位の認定を受けるためには、他の体育種目でとりうる最高の点数は67.5点のうち五五点以上(約81.5パーセントの点数以上)をとらなければならない。これでは普通の運動能力以上の能力を持った学生でなければ、剣道実技を受講しないで、体育の単位の認定を受けることは不可能であるから、控訴人が剣道実技の受講を拒否したことと本件各処分との間には因果関係がある。

3  履修拒否の理由の判断と公教育の中立性

信仰上の理由で授業を受けるのを拒否している場合、その学生の主張に合理的な理由があるか否かの判断においては、その宗教の意義、教義及び当該授業との関連性を一応審査することで足り、学生の信仰の内面に立ち入ることなく、一般的、概括的な調査で、学生の主張の真偽及び当否を十分に判断することができるものであるから、被控訴人が右の程度において拒否理由の真偽及び当否の判断をすることは、公教育の中立性に抵触するものではない。

現実に、控訴人は、担当教員等に対し、剣道実技を行うことがエホバの証人の教義と相容れないことを詳細にかつ具体的に繰り返し説明していたから、それによって、被控訴人は、控訴人が宗教上の理由で剣道実技ができないことを十分認識できていた。

第三 証拠

証拠関係は、原審及び当審の証拠関係目録記載のとおりである。

理由

第一  本件各進級拒否処分と司法審査

神戸高専は、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成する(学校教育法七〇条の二)、一般市民の利用に供される公の教育施設であって、一般市民法秩序と直接関わりのない同校の内部的な問題については、法令に格別の規程がない場合であっても、右施設の設置目的に沿って、これを自律的に処理する権能を有するものであるから、右のような内部的な問題に関する係争は、司法審査の対象とはならないというべきである。しかし、係争事項が単に学校の内部問題にとどまるのではなく、それが学生の権利又は法律上の利益に直接かつ重要な関係を有する場合は、右係争事項については、司法審査の対象となると解すべきである。

そして、本件は、神戸高専の学生である控訴人が、被控訴人のした本件各進級拒否処分及び退学命令処分の取消しを求めているものであるが、まず、高等専門学校では、大学のようにいわゆる単位制によらず、学年制を採用しており、高等専門学校設置基準(以下、「設置基準」という。)一三条、一四条が定める授業科目、授業総時数を学年に配当して編成し、学生は各学年の課程の修了認定を経て、上級学年に進級できるものである(設置基準一五条及び施行規則七二条の五で準用する設置基準二七条)。したがって、学生が当該学年において履修すべきものとされた授業科目について修得したことの認定が受けられないと、同学年の課程の終了認定を受けられず、進級できないこととなり、配当された授業科目の修得認定は、上級学年への進級の前提となっているのであるから、単に、当該授業科目を履修し、履修効果が相当程度に達したことを確認する教育上の措置にとどまらないものである。それゆえに、授業科目の修得不認定すなわち進級させない決定は、学生に対し、上級学年における授業を受ける機会を延期させる効果を有するものである。さらに、神戸高専の退学に関する内規によれば、休学による場合のほかは、連続して二回進級できなかった学生は、退学処分の対象者とすると定められている(争いがない)から、連続した二学年度における授業科目の修得不認定は退学処分の前提要件を構成するものでもある。

これらの事実に基づけば、神戸高専を含む高等専門学校における、学生に対する退学処分はもとより、進級させない処分も、ともに学生が一般市民として、公の教育施設である高等専門学校において授業を受け、これを利用する権利を侵すものであるから、本件各処分は司法審査の対象となるというべきである。

第二  本件各進級拒否処分の行政処分性

高等専門学校において学生を進級させない処分が単なる教育的措置ではなく、学生が高等専門学校という教育施設を利用する権利に制限を加えるものであることは、右第一において判断したとおりであるから、本件各進級拒否処分は行政事件訴訟法三条にいう行政処分に当たる。

また、被控訴人は、被控訴人が控訴人に対し行った第二回目の進級させない決定(判定)は、控訴人に対する本件退学命令処分の前提としての意味しかなく、この決定によって、控訴人の権利義務を直接形成し又はその範囲を確定するものではないと主張するが、被控訴人が控訴人に対し行った第二回目の進級させない決定(判定)は、控訴人の前記権利を制限するものであり、このような拘束力の形成を前提として、本件退学命令処分が行われたのであって、その各処分の目的や効果を異にするから、右第二回目の進級拒否処分も、独立の行政処分であると解せられる。

第三  各当事者及び本件各処分

控訴人が、平成二年四月一〇日、神戸高専に入学した学生であり、被控訴人が同校の学校長であること、被控訴人が、校長として、本件各処分をしたことは、当事者間に争いがない。

控訴人は、小学生のころから電気に関することに興味があり、電気に関する知識及び技術を修得したいと希望して、神戸高専に入学し、同校の電気工学科の第一学年に在籍していた学生である(控訴人(原審))。

第四  本件各処分に至る経過

一  控訴人の信仰

「エホバの証人」は、聖書全体が霊感を受けて記された神の言葉であると信じ、自分たちのすべての信条の基準として聖書に固く従うという信仰を持つ者であるが、控訴人の両親は、控訴人が幼少のころから「エホバの証人」であり、控訴人も小学校に入学する前から、集会に出席したり、両親から聖書に基づいた教育や生活訓練を受け、小学校五年生のとき、控訴人の両親は控訴人の年令を考えて躊躇したが、控訴人の強い希望によって、控訴人も「エホバの証人」となった(甲六、控訴人(原審)、以下、甲、乙号各証及び供述は、いずれも原審の一三号事件の甲、乙号証及び供述を指し、原審の二一号事件のものは、それを特記する)。

二  神戸高専における進級認定及び退学に関する定め

高等専門学校において学年制がとられていることは、前記第一で述べたとおりであって、神戸高専の進級等規程によれば、学生が上級学年への進級の認定を受けるためには、当該学年において修得しなければならない科目の全部について不認定のないことが必要であり、右科目の学業成績が一〇〇点法で評価して五五点未満であれば、その科目は不認定となる、学業成績は、科目担当教員が学習態度(学習態度、出席状況等を総合したもの)と試験成績を総合して、学期末に評価する、学年成績は、原則として、各学期末の成績を総合して行うと定められており、学期は前期と後期に分けられている(争いのない事実、甲三、乙一七、)。

また、神戸高専の進級等規程では、休学による場合のほか、学生は、連続して二回同じ学年にとどまることはできず、学則及び退学内規では、校長は、該当する学生に対し、退学を命ずることができることとされている(争いのない事実、甲三(二一号事件)、乙五)。

したがって、神戸高専の学生が、必修科目の一科目でもその学業成績が五五点未満であれば進級はできず、これが連続して二回続けば、校長は、この学生に対し、退学を命ずることができることとなっているものである。

三  神戸高専における保健体育科目及び剣道種目の授業

1  高等専門学校の授業科目は一般科目と専門科目に分けられ、この科目については、前述のような設置基準が定められていて、一般科目である保健体育科目は、全学年において必修科目となっており、五年間で一〇単位、各学年に二単位づつ配当され、一単位の体育科目の授業は、五〇分間を一時間の授業時間として、年間三〇授業時間行われるから、二単位の授業は、年間六〇授業時間行われることになり、神戸高専では、具体的には連続して二時間(一〇〇分)の授業時間を年間を通じて行うものであった。

体育科目の授業において、どのような種目を採用するかについては、高専教課標準において、そこに掲げた体育授業の目標に沿うものとして、各種の運動種目と体育理論を示していたが、法的な拘束力はなく、その後は、この標準も各高等専門学校の教育内容に創意、工夫を生かせるよう弾力的なものとされ、各高等専門学校は、右標準をも参考にしながら、体育種目を選択、採用し、当該種目をどの学年のどの学期に実施するかを決めることができることとなっている(以上、乙一、二、一七、被控訴人)。

2  控訴人が神戸高専に在学当時、高専教課標準には、体育種目の格技として柔道など四種目のほか剣道が例示されており、神戸高専では、平成二年四月に、武道場の整備のできていなかった旧校舎から武道場の整備された新校舎に移転する予定であったことから、遅くとも昭和六二年ごろには、丁度、控訴人が入学した平成二年度以降、第一学年の体育の種目として他の種目のほかに、格技として剣道を採用し、第一学年の六クラスを三クラスずつ二つに分け、それぞれ前期又は後期に剣道の授業を履修させる計画を立てていた。

その授業は、主として、剣道の心構え、剣道と日常生活との関連、技の成り立ち、用具の安全な取扱などを逐次説明したあと、準備体操をした後、剣道の実技を行うものであった。

剣道の授業の配点は、前期又は後期の体育科目の配点一〇〇点のうち七〇点が当てられたから、第一学年の体育科目の点数一〇〇点のうち、三五点が配点された。そして、神戸高専では、各クラスの学生の取得する点数の平均点が約七〇点となるよう採点されている(以上、甲一二、乙一七、被控訴人、控訴人(原審))。

3  なお、前記高専教課標準では、保健の授業について、その学習目標を掲げ、その内容として、人体の生理、人体の病理、精神衛生、労働と健康・安全、公衆衛生が挙げられ、その留意事項が示されているところ、神戸高専では、独立して保健の授業は行われていないが(被控訴人)、それはともかく、被控訴人は、各体育種目の授業の中で、それが講じられていると供述する(控訴人の供述の一部(原審)にもある)。しかし、その授業が右標準が示すような保健の授業目的、内容や留意点と具体的にどのように関連しているかを認めうるだけのものはなく、さらに、体育の授業の際に行われる保健の受講に対する評価が、保健体育科目の評価にどのように含まれているかを認めうる証拠はない。

四  平成二年度における控訴人の剣道実技の参加拒否と神戸高専の対応

1  前認定のように、神戸高専では、平成二年度から体育授業の種目として剣道を行うことは既定のことであったから、被控訴人は、平成元年秋以降の中学校に対する入試説明会その他の機会に、神戸高専では平成二年度から剣道の授業を行うことを説明し、受験者に対して交付する学生募集・入学願書類にも同じことを記載していた(ただし、教育課程の説明欄外末尾の注記中に、なお書で、格技を体育授業に取り入れたというもの)。これは、被控訴人が、かねてから、他の高等学校において、信仰上の理由で生徒が格技を拒否している事実を知っていたところ、神戸高専において予告なく剣道の授業を実施すると、入学してくる学生のうちで、同様に信仰上の理由で格技に参加しない学生に不満が起こることを予想し、これの混乱を未然に防ぐことも、右中学校に対する説明や願書類に記載した理由の一つであった(乙三、被控訴人)。

2  控訴人は、エホバの証人として、前認定のように、聖書が説くところに固く従うという信仰を持ち、中学時代から、聖書中の「できるなら、あなたがたに関する限りすべての人に対して平和を求めなさい。」、「彼らはその剣をすきの刃に、その槍を刈り込みばさみに打ち変えなければならなくなる。国民は国民に向かって剣を上げず、彼らはもはや戦を学ばない。」という教えに基づき、格技には参加せず、見学とレポートの提出をもってこれに代える措置を受けていた。そこで、神戸高専に入学した控訴人は、剣道は、現在はスポーツ性を取り入れてはいるが、なお武闘性を否定できないと信じ、このような剣道の実技に参加することは自己の宗教的信条と根本的に相容れないとの信念のもとに、入学直後までまだ剣道の授業が開始される前の平成二年四月下旬ごろ、他のエホバの証人である学生三名とともに、体育教官室に行き、四名の体育担当教員に対し、宗教上の理由で剣道実技に参加できないことを説明し、他のレポート提出等の代替措置を認めていただきたいと申し入れたが、右教官らは、「学校のいうことを聞かないのなら出ていってしまえ」、「学校のいうことを聞いて剣道をするか学校を替わるか、二、三日中に決めて来い」などと言って、これを即座に拒否した。さらに、控訴人は、実際に剣道の授業が行われるまでに、体育担当の教員に同趣旨の申し入れを繰り返したが、教員からは、剣道実技をしないのであれば欠席扱いにすると言われた(控訴人(原審、当審))。

3  そして、被控訴人は、控訴人らが剣道実技への参加ができないとの申し出をしていることを知って、同年四月下旬ごろ、体育担当の教員と協議して、これらの学生に対し、剣道実技に代わる代替措置をとらないことを決めた(被控訴人)。

4  控訴人のクラスでは、平成二年度の前期の体育種目は、剣道と水泳であって、まず剣道から履修することとなっていた(水泳は季節的な問題もある)。

そこで、剣道の授業は、平成二年四月末ごろから始められた。実際の授業は、授業開始のチャイムが鳴る前に、学生は教室で服装を着替えて、チャイムが鳴るころには、武道場に集合し、まずサーキットトレーニングをする。この間に担当教員が来て、学生のサーキットトレーニングが終わったところで、学生を集め、保健、体育又は剣道に関する講義をした後、学生に準備体操をさせ、そのあと、剣道実技を指導するというのが通常の内容であった。右講義と準備体操に費やされる時間は、剣道の授業時間である一〇〇分のうちの約三〇分程度であった(以上、被控訴人(二一号事件)、控訴人(原審))。

控訴人は、右前期の剣道の授業では、服装を替え、サーキットトレーニングをし、講義を聞き、準備体操までは行ったが、前記信仰上の理由から、剣道実技には終始参加しなかった。そして、他の学生が剣道実技を行っている間、最初の時間に担当教員から指示を受けたとおり、道場の隅で正座をして(なお、教員は、正座をして、足が疲れたら足を崩してもよいと言っている)、レポートを作成するために、予め用意してきていた用紙に剣道実技の授業の内容を記録していて、その記録内容は、竹刀の構造、使用方法とその危険性、防具の付け方、実技における構え、技、竹刀の打ち方、足の運びといったように詳細な観察によるものであった。そして、控訴人は、右授業の後、右記録に基づき、レポートを作成して、次の授業が行われるより前の日に、体育担当の教員にそれを提出しようとしたが、その受領を拒否された(甲一六の1ないし5、控訴人(原審))。

5  右剣道の授業を担当した教員は、控訴人の剣道実技への参加はないものとして欠席扱いとした。神戸高専では、それまで実験の授業と同様に、体育科目のうちの一種目でも合格点に達しない場合は、体育科目の履修があったものとは認めていなかったが、これでは、控訴人のように格技に参加しない場合は、体育科目については不認定となる可能性があるため、被控訴人と体育担当教員は、右前期の剣道の授業が全部終了した後の平成二年九月、協議して、体育科目のうちの一種目が仮に合格点がとれなくても、他の種目の得点と総合して合格点が取得できればよいこととする方針に変更した。したがって、平成二年一〇月末における控訴人の前期の保健体育の成績評価は留保された(甲一七、乙八、一七、被控訴人)。

その他、体育担当教員又は被控訴人は、控訴人ら剣道実技へ参加しない学生に対し、代替措置はとらないことを告げて、参加するよう説得を試みたことがあり、被控訴人も含めて、控訴人らのような学生の保護者に対しても、少なくとも三回は、同様の説得を試み、剣道実技に参加しなければ留年することは必至であり、代替措置はとらないこと、あるいは留年してもなお参加しないのであれば留年させること自体も問題であるという学校側の方針を説明した。これに対し、右保護者からは、合計四回、代替措置をとってほしいとの陳情があったが、学校の回答は、代替措置はとらないということであった。その間、被控訴人と体育担当教員等関係者は協議して、剣道実技への不参加者に対する特別救済措置として、剣道実技の補講を行うこととし、二回にわたって、これへの参加を当該学生又はその保護者に勧めたが、控訴人は、これに全く参加しなかった(甲一三の1ないし8、乙八、一七、被控訴人、控訴人(原審))。

6  このようにして、体育担当教員は、控訴人の剣道実技の履修については、これを欠席扱いとし、控訴人が行った準備体操に対しては、剣道種目を一〇〇点満点として五点(学年成績としては2.5点)と評価し、第一学年に控訴人が受けた他の体育種目の評価と総合して四二点と評価した。これをもとに、平成三年三月一四日、被控訴人、教務主事、学生主事、学科主任、学年主任、学級担当、教科担当の教員で構成する第一次進級認定会議が開かれ、会議において、控訴人ほか五名の学生について、体育の成績が認定できないこととされ、同時に、これらの学生に対し、剣道実技の補講を行うことを決め、その後これを実施したが、控訴人ほか四名はこれに参加しなかった。そこで、同月二三日に開かれた第二次進級認定会議において、進級等規程により、控訴人ほか四名の学生について進級をさせないこととし、これを受けて、被控訴人は、進級等規程に基づき、同月二五日、控訴人及びその保護者に対し、口頭で、控訴人を原級留置(進級させない)とすることを告知した(本件第一次進級拒否処分、甲七の1、一七、乙八、一七、被控訴人、争いのない事実)。

7  なお、控訴人の体育の成績が四二点であったことは、右に認定したとおりであるが、その欠課時数は六授業時間であり、右体育の成績を加えた平均点は82.6点で、四〇名のクラス中四番の成績順位であり、右体育と点数で評価されていない工業実験(ただし、評価は優である)以外の点数の平均は約85.7であり、授業態度も真摯なものであった(甲七の1、被控訴人(原審))。

五  平成三年度における控訴人の剣道実技の参加拒否と神戸高専の対応

1  平成三年度においても、第一学年の体育科目の授業は、平成二年度と同じく、控訴人は、前期の最初において、剣道種目の授業を受けなければならなかったが、控訴人が、前記信仰上の理由から、剣道種目の授業において、剣道実技には参加せず、それ以外の準備体操などは行い、実技の行われている間は、道場でこれを見学して記録していたこと、体育担当の教員及び被控訴人ら神戸高専側の方針は、控訴人ら剣道実技の受講を拒否する学生も剣道実技の授業を受けなければならず、これに代わる代替措置はとらないというもので、従前と変わりのなかったことは、前認定の平成二年度の状況と全く同じであった(乙八、一七、被控訴人、控訴人(原審))。

2  平成三年度においても、四月に剣道実技への不参加を表明している控訴人ら学生とその保護者に対して説得が行われ、一一月にも右学生に対し説得が行われたが、控訴人は、剣道実技をすることを拒否した(乙八、一七、被控訴人、控訴人(原審))。

そして、体育担当教員は、平成二年度と同様の評価方法によって、控訴人の剣道種目の評価と平成三年度の第一学年において控訴人が受けた他の体育種目の評価とを総合して四八点と評価した。この評価をもとに、平成四年三月一三日、神戸高専の第一次進級認定会議が開かれ、控訴人ほか四名について、体育の成績を不認定とするとともに、これらの学生に対し、剣道実技の補講を行うことを決め、その後これを実施することを予定したが、控訴人ほか四名はこれに参加しなかった。そこで、同月二三日に開かれた第二次進級認定会議において、進級等規程により、控訴人ほか四名の学生について進級不認定とされた(本件第二次進級拒否処分)。

次いで、同日、神戸高専の表彰懲戒委員会(乙一九(二一号事件))が開催され、控訴人ほか一名について退学の措置をとることが相当であると決定し、両名に対し、自主退学の意思があるか否かを確認し、被控訴人は、同月二七日、自主退学をしなかった控訴人に対し、同月三一日をもって退学を命ずる本件退学命令処分を告知した(以上、乙八、一七、被控訴人)。

被控訴人の本件退学命令処分は、控訴人が二回連続して原級に留め置かれたこと(退学内規)、すなわち「学力劣等で成業の見込みがないと認められる者」(学則三一条(2))に該当するとの判断をもとに行われたものである(甲一、乙五、被控訴人)。

3  なお、右認定のように、控訴人の体育の成績は四八点であったが、平成三年度の控訴人の成績は、この点数を含めて平均点が90.2点であり、右体育と点数をもって評価されていない工学実験(ただし、評価はAである)を除く全科目の平均点は約93.5であり(甲五〇)、控訴人の授業態度が不良であったと認めうる証拠はない。

第五  控訴人の剣道実技授業への不参加と本件各処分との因果関係

被控訴人は、神戸高専では少なくとも、平成二年度、平成三年度において、保健体育科目については、学年で履修すべき体育種目を全体として総合評価するのであるから、控訴人のように、剣道種目について合格点がとれない場合でも、他の種目について努力すれば、保健体育科目において修得認定を受けることができると主張し、確かに抽象的にはその可能性を否定することはできない。

しかし、前第四の認定事実によれば、平成二年度及び平成三年度における控訴人の剣道種目の点数は三五点の配点中2.5点であるから、控訴人が保健体育科目で修得認定を受ける(五五点以上を取得する)ためには、残る配点が合計六五点である他の各体育種目において52.5点すなわち右他の各体育種目の点数をいずれも一〇〇点満点とすると各約八〇点をとらなければならないこととなる。さらに、神戸高専では、保健体育科目の点数は平均値を約七〇点辺りになるよう採点しており、実際にも、平成二年度の控訴人のクラス四〇名の保健体育科目の点数は、ほぼそのような分布を示しており、八五点以上の者はなく、八〇点ないし八四点の者が四名(一割)、七五点ないし七九点及び七〇点ないし七四点の者が各九名、六五点ないし六九点の者が六名、六〇点ないし六四点の者が一〇名であって、控訴人ほか一名以外には、六〇点未満の者はいなくて(甲一二)、八〇点未満の者が九割を占めているのである。

そして、被控訴人も、剣道実技の授業に参加しない学生は、神戸高専が体育科目についての修得認定について前記総合評価制を採用しているから認定される可能性はあるが、実際に認定を受けることは難しいと予想できていた(被控訴人))。

これらの事実によれば、剣道以外の体育種目の受講に特に不熱心であったと認めうる証拠のない控訴人がさらに努力をするとしても、平成二、三年の両年度において、右のような剣道種目の評点を受けながら、保健体育科目の合格点である五五点以上を獲得することは、実際には、殆ど不可能であったということができ、既に認定したように控訴人が剣道実技に参加しなかったため、剣道種目について右のような評点を受けたのであるから、控訴人が受けた右剣道種目の学習評価を前提とする限り、控訴人の剣道実技への不参加と平成二年度、平成三年度の保健体育科目の不認定及び本件各処分との間には因果関係があるといわなければならない。

確かに、平成三年度において、控訴人と同様に剣道実技の受講を拒んだ学生一五名のうち一〇名が、体育課目の修得認定を受けてはいるが(被控訴人)、控訴人が他の体育種目の受講において不真面目であったと認めうる証拠のない本件においては、右認定事実のみで、右因果関係があるとの判断を左右するに足りるものとはいえない。

第六  本件各処分の違法性

一  問題点の整理

本件各処分が適法であるか否かを判断するに当たって、本件において当事者間で争点となっている問題点を整理してみる。

控訴人は、神戸高専が体育科目の一種として剣道を採用したこと自体が違法であるとは主張しておらず、また、生徒あるいは学生の競技会等では剣道はスポーツ競技として行われていることは周知のところであり、前述のように、高専教課標準においても体育の種目として掲げられていること、剣道には、身体的な体育効果も期待できること(乙七)からすると、少なくとも学校の授業として行われる剣道は、控訴人が考えるほど武闘性の強いものではなく、柔道などと同様にスポーツの一種として授業が行われているというべきである。

次に、弁論の過程において、控訴人は、剣道の授業の準備体操をしているにもかかわらず、これに対し2.5点という低い評価が与えられ、保健体育科目を不認定とされていることを合理的でないと主張しているかに窺えるところもあるが、学習の修得度の評価については、その評価の基本となる客観的な事実の把握に大きな誤りがなく、その評価が明らかに著しく公平を欠いていない以上、その評価は、それが教育専門的・技術的なものであり、定量的なものでない性質上、原則として、評価をする教員の裁量に委ねられているものであり、本件においても、剣道の授業はスポーツとして行われるのであるから、剣道の授業において剣道実技を行うことの意義は大きく、控訴人はこの剣道実技に参加しなかったものであるから、右評点が著しく不合理、不公平であるということはできない。

むしろ、控訴人が本件各処分が違法であると主張するところは、要するに、神戸高専の教育においても信仰の自由は保障されるべきであるから、控訴人が信仰上の理由から剣道実技への参加を拒否したのに対し、神戸高専は右剣道実技に代わる何らかの代替措置をとるべきであるところ、その措置を講じないまま、被控訴人が本件各処分を行ったことが違法であるというものである。そして、神戸高専が控訴人に対し右代替措置をとらなかったことは前認定のとおりである。

この控訴人の主張に対し、被控訴人は、剣道実技はスポーツであり、控訴人がこの授業を拒否することは自由であるが、それによる不利益は控訴人が受けるべきで、神戸高専としては代替措置をとる必要がなく、信仰上の理由で剣道実技の授業を拒否する控訴人に対し代替措置をとることは、教育基本法のいう平等取扱や宗教教育禁止の原則(政教分離原則)に反することとなり、また教員の指導、説得に従わない控訴人の授業不参加を認めることになるが、それでは学生全体の規律が維持できない、神戸高専では現実に代替措置をとるだけの予算及び人的余裕がなく、不可能であったなどと主張しているものである。

このようにみてくると、本件において、本件各処分が適法であったを否かに関する争点は、神戸高専において、控訴人に対し、代替措置をとるべきであったかどうかに収斂されるのである。

そこで、以下、これについて検討する。

二  代替措置を講ずることの必要性の有無

1  前認定のように、控訴人は、神戸高専に在学していたのであるから、その在学関係にあることから、控訴人は、神戸高専において必修とされた授業科目を受講する義務があり、学校の秩序を乱す行動をしてはならないものであるが、他方、控訴人は、「エホバの証人」であって、その信仰上の理由から、剣道実技の授業を受けることができなかったというものである。

そして、前記第四認定の事実によれば、控訴人が剣道実技への参加を拒否する右理由は、真摯なものであり、控訴人にとって、内心の信仰の核心的部分と密接に関連するものであるということができる。

2  ところで、憲法が保障する信教の自由は、それが内心の信仰にとどまる限りは、これを制約することは許されないが、信仰が外部に対し積極的又は消極的な形で表される場合に、それによって他の権利や利益を害するときは、常にその自由が保障されるというものではない。そして、このような場合には、信教の自由を制約することによって得られる公共的利益とそれによって失われる信仰者の利益について、それぞれの利益を法的に認めた目的、重要性、各利益が制限される程度等により、その軽重を比較考量して、信教の自由を制限することが適法であるか否かを決すべきである。

したがって、本件においては、神戸高専が控訴人に対し剣道実技に代わる代替措置をとらなかったことによって保持しうる公共的な利益と控訴人が剣道実技の受講を拒否したことによって受けなければならなかった不利益、すなわち本件各処分との軽重を比較考量することとなる。

3  高等専門学校については文部省告示の学習指導要領はなく、その第三学年までについては高等学校指導要領が参考にされており(乙二、弁論の全趣旨)、この高等学校指導要領における体育科目の履修の目標は、各種の運動を合理的に実践し、運動技能を高めるとともに、その経験を通して、公正、協力、責任などの態度を育て、強健な心身の発達を促し、生涯を通じて継続的に運動を実践できる能力と態度を育てることとされている(甲一〇)。

そして、前認定の事実によれば、体育科目は必修科目ではあるが、学生が履修すべき種目は、右目標に沿って、それぞれの高等専門学校の実情に応じて、各校が選択採用できるものであって、高等教課標準では、格技については剣道以外に四種目が掲げられ、さらに、右高等学校指導要領では、それまで主として男子生徒には武道(柔道と剣道)を履修させることとされていたが、平成元年三月一五日の文部省告示第三六号の高等学校指導要領では、各学校は、武道かダンスのいずれかを採用できることとされ、武道は必ず履修しなければならないものではなくなった(甲九、一〇)。

そうすると、神戸高専において体育科目として剣道種目を採用したことに不合理なところはなく、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成する高等専門学校であっても、高等学校の生徒と同年令の高等専門学校の学生にとって、体育科目の履修の重要性は否定できないが、その目的から見て、剣道実技の修得がなにものにも代え難い必要不可欠なものであって、剣道実技をせず、代替措置では体育の教育効果をあげることができないとまでいうことはできない。

4  確かに、神戸高専における教育は、義務教育ではなく、学生がその自由意思によって入学してくるものではあるが、神戸市が前記設置目的に従って設置した公の教育施設であって、広く授業その他施設の利用について門戸を開放しているのであるから、神戸高専は、入学を認められた学生に対して、右設置目的に沿って可能な限り、予定されている授業を受けるなど施設利用について十分な機会を与えるための教育的配慮をする義務があり、これが教育基本法一条、二条及び右設置目的の趣旨にかなうものであると解せられるから、義務教育でないからといって、右教育的配慮をする必要がないということはできない。

また、神戸高専は平成二年度の入学について、同年度から体育科目の一種として剣道種目を採用したことを関係中学校や生徒の保護者に説明しており(前認定)、控訴人の保護者は、入学に際して剣道の面下(面の下の頭に被る布)を購入しているが(控訴人(原審))、右に述べたところから、このように神戸高専が剣道種目の実施について関係外部に周知させ、控訴人が面下を購入したからといって、右教育的配慮を不要とする事情とはいえず、控訴人が予め剣道実技の受講を承諾していたものともいえない。

なお、剣道の面下は、神戸高専が学生に対し、入学前に、指定日時に販売場所である同校の体育館で購入するよう指定した教材教具の一つで(乙四)、控訴人の保護者は、他の教材教具とセットになって袋に入れて販売されていた面下を購入したものである(控訴人(原審))。

5  神戸高専が、控訴人に対し、剣道実技に代わる代替措置をとらなければならないとした場合に、その措置の内容及び実施方法については、前記体育科目履修の目的が実現できる範囲内で、右教育的配慮として、神戸高専の裁量において採用決定することができるものであるが、控訴人に対しこの代替措置をとった場合に、控訴人が剣道実技を受講する場合に比較して、担当教員等の負担が多少増加することはあっても、それ以外に、被控訴人が主張するように、神戸高専における教育秩序が維持できないとか学校全体の運営に看過できない重大な支障を生ずるおそれがあったと認めうる証拠はない。

なお、ある高等専門学校においては、控訴人のような学生に対し、レポートの提出又は他の運動をさせる代替措置を採用している学校もある(被控訴人)。

むしろ、被控訴人は、控訴人が入学してくる以前に、信仰上の理由で、格技の授業を拒否する学生が入学してくることを予想しており(被控訴人)、神戸高専においてこれが現実化すると、即座に、体育教員は、控訴人に対し、剣道実技の拒否は認めないことを明確に表明し、被控訴人も同様の方針を明らかにし、また、控訴人及びその保護者からの代替措置をとってほしいとの申し出に対しても、終始これを拒否して、控訴人やその保護者に対して、剣道実技を受講するようあるいはさせるよう説得し、剣道実技の補講以外の措置をとらなかった(前認定)のであるから、控訴人について、右教育的配慮としての代替措置をとる必要性があるか否かについて、それを決定する権限を有する被控訴人が、十分にその検討を尽くしてはいなかった可能性が高いといわざるを得ない。被控訴人は、救済措置として剣道実技の補講を実施又は予定したと主張するが、補講とはいえ、それは剣道実技であるから、宗教上の信条に基づいて剣道実技の授業への参加を拒んでいる控訴人にとっては、代替措置というに値しないものである。

6  控訴人は、信仰上の理由で剣道の授業を拒否し、消極的な形で控訴人の信仰を外部に対し行動に示しているのであるが、控訴人にとって、この拒否行為は控訴人の信仰の核心的部分と密接不可分とされているものである(前認定)。そして右拒否は、神戸高専の教育方針と相容れず、控訴人は本件各処分を受けたわけで、本件各進級拒否処分は、控訴人が第一学年で学んだ各科目及び体育科目の剣道実技以外の種目の学習を無に帰せしめて、再学習を余儀なくさせる効果を持つものであり、被控訴人の考えでは、本件各処分について裁量の余地はなく、連続二回の進級不認定は退学処分につながるというのである(被控訴人、前認定)。してみると、剣道実技の受講を拒否することによって、神戸高専において教育を受けようとする控訴人が被る不利益は極めて大きく、本件退学命令処分は、控訴人を神戸高専から排除し、右教育を受ける機会を全く剥奪する処分にほかならないから、これによって控訴人が被る不利益が余りにも甚大なものであることは明白である。

7  そうすると、右3ないし6の認定事実及び判断を総合し、前2で述べたように、神戸高専の教育施設としての公共的な利益と控訴人が失う利益とを比較考量すると、本件の場合には、被控訴人は、信仰上の理由で剣道実技の授業に参加しない控訴人に対し、代替措置をとることについて法的、実際的障害がない限り、その教育的配慮に基づき、剣道実技の授業に代わる代替措置をとるべきであったといわなければならない。

三  代替措置をとることについての法的、実際的障害の有無

1  憲法二〇条三項の定め(政教分離)を受けて、教育基本法九条二項は、公立学校が特定の宗教のための宗教教育をし、宗教活動をすることを禁じており、被控訴人が控訴人に対し右代替措置をとることは、宗教上の理由による控訴人の剣道実技の授業への不参加を、結果として、承認することを前提とするものである。

しかし、前述のように、代替措置をとる目的はあくまでも、可能なかぎり控訴人が神戸高専において信教の自由を侵されない状況の下で教育を受ける機会を保障しようというものであって、その措置も、控訴人の受講拒否に対して、他の学生に比して有利な学習条件を設けることが求められているのではなく、被控訴人が前記体育科目の教育目標、教育効果や他の学生との公平等を考慮しつつ、教育的配慮として行う裁量に委ねられているのである。したがって、この裁量が適切に行使されれば、代替措置によって控訴人に対し特に有利な地位を付与することにはならず、身体上の理由等で体育実技に参加できない学生に対し代替措置を講じる場合と実質的に径庭のないものであって、右代替措置が宗教的色彩を帯びるものでないことはもとより、被控訴人が代替措置を採用、実施したからといって、控訴人が信奉する宗教(エホバの証人)を援助、助長又は促進する効果あるいは他の宗教の信仰者や無宗教者に対する圧迫や干渉の効果を生じる可能性はないというべきである。

さらに、被控訴人は、控訴人に対し剣道実技の受講拒否を認めるとすると、その拒否理由を判断しなければならないが、これは公教育の宗教的中立性に反するとも主張する。しかし、被控訴人が行うべき拒否理由についての判断は、教育者としての十分な経験を有する教員であれば、控訴人がいうところの理由が単なる怠学のための口実であるか否か、控訴人の説明する宗教上の信条と剣道実技の受講拒否との関連性についてそれなりの合理的根拠が認められるか否かといった程度の調査をもって必要にして十分であり、それ以上に当該宗教の教義、内容に立ち入った審査を必要とするものではなく、また、すべきものでもないのであるから、右程度の調査をすることが公教育の宗教的中立性に反するとはいえない。

そして、神戸高専の体育担当教員及び被控訴人は、控訴人の拒否理由について調査するまでもなく、エホバの証人である学生が格技の授業をその信仰上の理由から強く拒否することを事前又は事後に十分に知っていたものである(前第四認定の事実、被控訴人)。

したがって、被控訴人において、宗教上の理由による控訴人の剣道実技の授業への不参加に対し、代替措置をとることが、右憲法及び教育基本法の規定あるいはその趣旨に反し又は憲法一四条(公平原則)に反するものであるとはいえないから、被控訴人が右代替措置をとることには、法的な障害があったとはいえない。

2  被控訴人は、神戸高専の予算、教員数から、控訴人に対し代替措置をとることができなかったと主張するが、これまでもしばしば述べたように、被控訴人が控訴人に対しどのような内容の代替措置を採用するかは、その裁量によるものであって、当裁判所において、特定の代替措置を前提としてそれが障害となるものであったか否かを判断することはできないから、被控訴人がいかなる代替措置を前提として右主張をしているのか必ずしも明らかでない本件においては、仮に右主張の事実が認められたとしても、これをもって、被控訴人が代替措置を講じることに実際上の障害があったということはできない。

被控訴人は、剣道実技が体を動かして学習する授業であるから、代替措置もそのような学習内容のものでなければならないという考えを持っているが(被控訴人、弁論の全趣旨)、仮にそうであるとしても、予算や教員数の制限を考慮しつつ、できる範囲で柔軟に対応し、次善の方策を講じることが全く不可能であったとは考えられない。被控訴人が、教育的配慮の一環として、右のような学習以外の代替措置について慎重な考慮をしたと認めうる証拠はなく、却って、既に認定したように、被控訴人は、平成二年度、三年度において、剣道実技の受講拒否を認めないとの方針を頑なに維持し、代替措置の可否についてはそもそも頭から検討の埒外に置いていたものである。

そうすると、被控訴人が控訴人に対し剣道実技に代わる代替措置を講じるについて、実際上の障害があり、これを実施できなかったという被控訴人の主張は、採用することができない。

第七  まとめ

以上の認定及び判断によれば、本件においては、被控訴人は、信仰上の理由で剣道実技の授業に参加できないという控訴人に対し、その教育的裁量を適切に行使して、右授業に代わる代替措置をとる必要があり、この代替措置をとることにおいて、法的にも実際上も障害があったとはいえないところ、被控訴人は、代替措置を全く講じないまま、評価された控訴人の体育科目の不認定を基に、控訴人に対し、本件各進級拒否処分をし、連続二度にわたって進級できないことを理由に、控訴人が学業劣等で成業の見込みがない学生に該当すると判断して、控訴人に対し、本件退学命令処分をしたのであるから、被控訴人は、本件各処分をするに当たって、その処分理由及び処分の必要性の判定において行使されるべき裁量権を著しく逸脱して本件処分をしたものであり、したがって、本件各処分は違法であるというべきである。

第八  結論

叙上のとおりであって、控訴人の本件請求は理由があり、これを認容すべきであるから、これと異なる原判決は正当ではなく、本件控訴は理由がある。

よって、原判決を取り消して、控訴人の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官島田禮介 裁判官大石貢二 裁判官岩谷憲一)

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